1本の樹にもー新米教師奮闘記⑬

終業式も終わり、明日からはいよいよ夏休みに突入する。だが、寮生たちはまだ家には帰れない。夏休みのスケジュールがぎっしり詰まっているのだ。

先ずは明日からの野営である。東京のマンモス学校に比べて生徒数が遥かに少ないとはいえ、学校という囲いを外した場所で学生たちを統率するのだから、教師は一瞬も気を抜けない。教師として初めて野営に参加するヒョングは若干の不安を感じていた。

キャンプファイヤー、肝試し、芸術発表会、好きな子への告白などが2日間に凝縮された野営は学生たちにとって本当に楽しいものである。学校では真面目な学生も野営では羽目を外したりする。その程度がまだ分からない学生たちがとんでもないケガや過ちを犯したりする場でもある。(油断は禁物だな…でもこの雨、明日は止んでくれるかな…)

7月は台風シーズン。下旬ともなると、大型台風がこれでもかこれでもかと上陸する。野営を明日に控えたこの日の午後もまさに台風が接近中であった。大粒の雨が窓をたたく。運動場のあちこちにできた水たまりが強風になでられて波打つ。

備えられた遊具が両足を踏みしめて凄まじい勢いで放たれる雨粒の射撃に必死に耐えているようであった。決行か中止か? 教師たちは雨粒に今にも割れそうな窓を恨めしそうに眺めている。正直、誰も判断をしかねないでいた。

中3の学生たちと話し合っていた少年団指導員が教員室に戻ってきた。教務主任が結果を聞く。「どうでしたか?結論は出ましたか?」「スケジュール的に日にちの延期はできない。お前たちに任せる。話し合って決めなさいと言っておきました」少年団指導員の報告だった。(え? こんな重要な判断を学生たちに決めさせるの?)ヒョングは指導員が少し無責任に思えた。

しばらくして少年団委員長と副委員長が教員室にやって来た。「先生、野営を決行してください。俺たち中3が責任を持って必ず成功させます」と胸を張った。その言葉を待っていたかのように指導員は学生たちの目を見ながら野営の準備の指示を始めた。

教務主任が左の頬だけでニヤリと笑う。指導員は、学生たちにわざと判断を丸投げして自覚心を育てようという目論見だったのだ。教務主任も知っていたに違いない。ヒョングは教師という仕事の本質を少し気づいたようなうれしさを感じた。

翌日、雲ひとつない晴天を映す澄んだ瀬戸内海に学生たちの姿があった。