1本の樹にもー新米教師奮闘記⑤

明日には新学年度が始まりヒョングは和歌山の地で社会人としてのスタートを切る。大学を卒業してまだ1か月も経たないヒョングには、正直、社会人だという実感がなかった。ましてや大切な子供をあずかる教師としての自覚などゼロに等しい。(俺、本当に先生になったんだな。果たして務まるのか?)

寄宿舎に寮生たちが戻ってきた。和歌山県は縦に長く紀伊半島の西側、瀬戸内海側に面している。南の方の白浜、本州最南端の串本、那智勝浦等の生徒たちは学校に通える距離ではないので寄宿舎に入ることになる。今学年度は低学年から中級部までの15人の学生たちが入寮した。

新人教師たちが寮生たちに紹介されると、東京出身のヒョングは生徒たちの羨望を集めた。東京の人はみんな長身痩せ型のヒョロっとした容姿だと勝手に思い込んでいた子供たちは、中肉中背でどこか都会とはかけ離れたイメージのヒョングにある種の親近感を抱いたらしい。

「東京って芸能人に会えるんでしょ?どんな芸能人に会いましたか?」「マッチと明菜が付き合ってるってホンマですか?」「歌舞伎町にはホンマに歌舞伎の人しか住んどらんのですか?」「ええなぁ、東京は有名人いっぱいおるし… 和歌山で有名なのは箕高ぐらいやもんな」と目を輝かせながら真面目に聞いてくる。

ヒョングの顔は優しくほころんでいた。質問の内容と真剣さがアンバランス過ぎて関西特有のギャグなのかとさえ思えてくる。

(本当に素朴で純粋なんだな…)その晩、ヒョングは布団の中でキラキラと輝く子供たちの瞳を思い出しながら胸にほわっと温かいものを感じると同時に、子供たちの笑顔に焦りと不安を感じるのであった。