富士山 1

午前9時、新宿駅西口安田ビル前出発の「富士山登山ツアー」バスにぎりぎり間に合った。

乗車口にたたずんでいた添乗員に事前郵送された書面を提示し、参加確認が取れ乗り込むと、大型バスの半分ほどの座席が埋まっていた。まばらな後方の道路側の席に滑り込むと、後からついてきた当時大学生の娘は、当然のように通路をはさんだ反対側に席を取る。

(まだ怒っているのかな。まっ、混んでるわけではないし一緒に座る必要もないか…)後ろめたさを感じながらリュックを脱ぎ隣の座席に置いた。

背中がびっしょり汗ばんでいる。無理もない。盛夏の朝、新宿の雑踏をすり抜けながら駆けてきたからであった。西武新宿駅には8時45分に到着し安田ビルに向かったのだが、その途中でコンビニに寄った。旅行日の朝食は駅弁を楽しむのがこだわりになっていて、バスの場合はコンビニ食だ。娘は家で済ませている。

ところが、コンビニはマン混み。おまけに店員が新人なのかトロいのか、レジ操作や袋詰めにもたついていた。3人目の順番待ちでイライラが募るばかり。外で待っていた娘の「もう時間がないから…」と言う言葉に、私はカッとなって娘をにらみつけた。ため息をつく娘の視線は冷たかった。結局、店を出てからコンビニ袋を片手に娘を引き連れてダッシュする羽目に。

前方では娘と同じ年頃の女性添乗員が「参加者全員揃いましたので定刻どおり出発いたします」という言葉に続けて自己紹介、ツアー日程と注意事項の確認など、よく通る声でしゃべっている。

車内の冷房が心地よい。外気ははや30度を超えているだろう。快晴の陽差しは高層ビルのガラス壁を突き刺しギラギラと反射している。

ほどなくバスは首都高速新宿線に入り速度をぐんぐん上げる。平日の朝、対面の上り線は車がびっしり連なっている。それを横目にさっそくコンビニ買いのプレモルを手に取る。

プシュッ、ゴク、ゴクゴクッ、チュッ。

冷えたビールの香り、苦味とほのかな甘みが乾いたのどを潤す。挟まっていた食道を炭酸が押し広げ、一気に胃の腑に浸みわたっていく。カーッ。

朝ビールのえもいわれぬ恍惚感!

いつもながら旅行日の朝の開放感はビールののどごしで得られるものだとしみじみ思う。特にこの朝は永年思い続けていた富士登山がいよいよ始まるのだという高揚感に包まれていた。

そう、富士山登頂は私の願いであり夢であった。登山は好きだが趣味と言えるほど入れ込んでいるわけではなく、奥多摩や秩父のハイキングコースを時々たしなむ程度のハイカーに過ぎない。しかし、たとえ標高の低い山であっても自分の足を頼りに一歩一歩踏みしめて登っていかなければ登頂できない真実、その達成感の悦びはそれなりに身に付いているつもりだ。昭和から平成を生き、アナログからデジタル、そして人工知能へと進化し続ける流れの中で、利便性の追求が正義であり、それに異を唱える風潮は排除されていくような雰囲気…

うまく説明できないが、なんとなくそんな世相に流されるのが嫌な人々、山はそんな人たちの受け皿だ。ギスギスした人間関係の社会から抜け出し、自分の足を頼りに一歩一歩登ることで、時流に流されていない自分を確かめること、人に頼らず、おごらず、誰かにおもねることもなく、ひたすら登り切った達成感、その頂点に富士山がそびえている。奥多摩の山々から箱根や伊豆、東名道や中央道、新幹線からも望むことができるその姿に、いつかはあの山に登ってやるんだと心に決めて久しい。

定番のミックスサンドと明太子おにぎりを食べ終え、缶ビールも飲み干してしまったのに、対面は相変わらず渋滞している。その車列はより強度を増した熱射にさらされている。こちら側のバスは気持ちよく調布インターを過ぎていく。

「中央フリーウェイ♪」

思わず荒井由美の歌のワンフレーズを口ずさんでいた。歌詞はそこだけで後は曲を追ってのハミングだ。2列斜め前の中年女性が振り返ったので、我に返り赤面した。

(どうもいけない)

思考が集中しているとき、私は何かのはずみで独り言を言ってしまったり、歌を口ずさんだりして周囲のけげんな目線に気づき我に返ることがある。家の中でも妻によく指摘されていたが、最近は諦めてしまったらしい。

娘は?と振り返れば南側の車窓をカーテンで遮り、そこに頭をもたげ腕を組んだ斜めの姿勢で目を閉じている。耳からイヤホンの線が垂れている。眠っているのか、音楽を聴いているのか分からない。この娘のおかげで富士山に行けるのだ。

そう、50歳を過ぎて私は焦っていた。グズグズしていたら一生富士山に登頂する機会を失ってしまうと思いながらも、すでに単独での登山は諦めていた。五合目吉田登山口から山頂まで1500mの標高差を登り降りることへの危惧を感じていたからだ。私のペースに合わせ付き合ってくれそうな相方もいなかった。しかし、その機会は遂にやってきた。

7月は末娘の誕生日で久々に家族揃って夕食を楽しんだ。家族は5人で妻と3人の娘たちと私。1人でも息子がいたら富士山に登れたのに…

何度思ったかしれない。食事が済み、祝いのケーキをほおばりながら相も変わらず女どもはペチャクチャかまびすしい。

私は話題に入れず、間が持たず、かといって席も外せず朝刊に顔をうずめていたのだが、目に止まったのが「富士山登山ツアー」の案内広告だった。その中身を確かめ暗記するように読み返し、話題が途切れた頃合いを逃さず満を持して女どもに声をかけた。

「ねえ…アッパと…富士山に登ってみない?」

一瞬、キョトンとなり場が静まる。怪訝そうな目を向けお互いに視線を交わしはじめる。

「1泊3食登山ガイド付き、温泉付きで19000円は超お得なんだけど…」

私の声は最初の勢いから段々としおれていく。もちろん賛同者がいなければこの話はオジャンだ。(1人で行けば~?)などと言われたりしたら返す言葉がない。1人で参加するほどの決断ができるんだったら、そもそも声もかけない。誰もが次の言葉を躊躇するようなシラけた雰囲気が漂う。

その時、長女がボソッと言った。「行ってみよっかな… 富士山かぁ。私、行ってもいいよ」

次の瞬間、
「マジで~?信じられない!」
「アッパと~? ヤバい!」

堰を切ったように浴びせかける二女、三女をこの時ほど憎たらしく思ったことはない。妻は好奇心の塊になってその光景をニヤニヤと眺めているだけ。

「そっか! よし決まった。明日さっそく申し込むからな」

私はもはや動かしがたい既成事実にさせようと、ことさらに力を込めて断言した。
「オンニ、本当に行くの~?」
「富士山? ヤバい、アッパとだよ」

しつこく阻止しようとする妹たちに戸惑いながらも長女は照れたように言葉を継いだ。

「だって、富士山って新幹線からもよく見えるし~、どこでもよく見かけるじゃん。そのたんびにあのテッペンに登ったんだって実感できることって… なんだかいいじゃん」

その瞬間、私の体を電流が走った。
(コイツだけは妻よりも俺の血を引き継いでいる!)

長女の当意即妙の答えは、富士登山の意味を簡単な言葉で鮮やかに説いていて、私はそのことに痛く共感していたからだった。

「こちらで30分間休憩しまーす」

添乗員の声で私は物思いから覚めた。バスは速度を緩め談合坂SAに吸い込まれていく。

3 COMMENTS

인류학자

羨ましいですね。家も三人姉妹で、私が長女なんです。日本を離れて、35年になろうとしています。今年어머니を見送って、87歳の아버지一人となりました。若い時もう少し아버지と話をしておけばよかったな、と思う毎日です。

マフラー忘れた

富士山か〜確か二十代最後の夏に職場の同僚(28期同級生も含む)4人で登ったな〜(杖は必需品でした) 最後はヒーヒー言いながら山頂に到達。御来光(日の出)を何とか山頂で迎えた。「君が代」が流れて来たので4人で(対抗して?笑)「애국가 」歌ったの思い出した。(^^) そこで飲んだコーヒーの美味しかった事…忘れられないな〜 あ、因みにうちも娘3人です。笑

憧れの富士山🗻

富士山🗻一度は挑戦したいと思っていましたが…そろそろ私は期限切れ(体力的に…笑)です(^_^;)だから余計にこの物語が楽しみです💕アッパと娘の登山記録、最高の思い出になりそうですね🎵因にうちは娘二人です。そして長女とアッパは仲良しです。笑

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