チヨンの担当上司は、佐藤の件がもたらす果実を想像し有頂天だった。普通なら上部に報告するばかりか、中国滞在の同業者と情報を共有するのが原則なのに、彼はそうしなかった。
実りは独占し、万一しくじればチヨンに責任を転嫁すれば良いとほくそ笑んだ。正に成果は自分のおかげで失敗は部下のせいにする世のクソ上司とご同輩なのだ。
上司は情報部門の予算を流用し、その金で現地の協力者を募り、寿商事の出張所を探ったし自らも現地に飛んだ。何日経ってもこれといった動きがないし、探り当てたモノもない。同じビルにあるルンラ友誼公司に至っては人の出入りもなく休業状態だから上司は焦る。
佐藤の行動パターンを調べた結果、彼が2月の初め頃に出張所を訪れるという情報を掴んでいる。その日は目前に迫っていた。遂に上司は佐藤の出張所に隠しカメラと盗聴装置を仕込もうと決断し、自らその作業に取り掛かる。機材を入れたリュックを背負って忍び込もうと壁に手を掛けたその時だった。数人の男に引きずり降ろされ、止まっていたバンに押し込められてしまう。
予期せぬ出来事に上司はパニックに陥る。車内で目隠しまでされたから恐れ慄く。
「お前は何者で何故あの事務所を調べるのか?」
ある部屋でそう聞くのは明らかに日本人だ。上司を取り囲んでる男たちも同じ様に見える。そして彼らは「日本の警察だ。佐藤の隠密捜査を何故妨害するのか」と追求する。上司は日警なら話せば分かると思い、国連制裁を逃れて佐藤が北と取り引きしてる証拠を掴もうとしたと弁明した。
彼らは笑い出した。
「貴方は情報機関でしょうが、どこで仕入れたか知らないけど全く的外れだよ」と呆れ顔。そして「佐藤はこっちの中国マフィアから麻薬類を買って、日本に持ち込んでるチンビラだよ。寿は暴力団のフロント会社で、奴は企業舎弟に過ぎない」と続けた。我々の潜伏捜査を妨げようとしたことは未遂でも看過できないので、公にはしないが裏のルートで厳重抗議すると断じた。
手続きを無視した上司のスタンドプレーは許しがたい規律違反であるばかりか、こじれ出した日韓関係下でオウンゴールをした大失態になってしまった。このごに及んで上司はチヨンを生贄に差出すことで、何とか己の体たらくを挽回しようと画策するが……
続く