俺の介護日誌ー⑭　兄への不信

オモニの納棺が済んだ次の日の朝、起きてきたアボジは和室にある棺ひつぎを見て私に言った。「なんで棺がここにあるんだ？」 昨日のことをもう忘れている。

それから出棺までの間、「この棺は誰だ」と聞いてくる。そのたびに兄弟たちは「これはオモニの棺だよ。オモニは亡くなってこの中で眠っているんだよ」と返事をする。挙句の果てには棺の扉を開けて「誰だ？」と囁ささやいている。

午後に葬儀屋さんが来てドライアイスの交換となるが、季節柄ドライアイスの減りが早いと言っていた。出棺の日は三日後なので、部屋はエアコンを効かせ、部屋の温度を下げ、ろうそくと線香を炊きながら、オモニの遺体の損傷がすすまないように気をつかう。

オモニが倒れて1カ月の間、いろんなことがあった。思い返すとギクシャクしている兄との原因は他にもあった。

性格が違うが故に仕方がないとは思うが、兄はワイワイガヤガヤ大勢で楽しむのが好きな性格だ。オモニの命がもう僅わずかだという時、孫たちを連れてホームに集まり、兄弟のグループLINEに写真や動画を送ってくる。私はオモニを静かに逝いかせてあげればいいのにと、逆に怒りがこみ上げてくる。

ある日はオモニを実家に連れて行き、孫たちを呼んで夕飯を食べている写真を送ってきた。食べ物を口にしないオモニを前にして、兄は一体どのような神経をしているんだろうか。

オモニが臨終の日には、旅立つオモニに大きな声を出して引き戻そうとする兄の行為を見て「ちょっと静かに見送ってあげようよ！」と言った私の言葉が、逆に兄は気に入らなかったのかもしれない。

ある日、アボジが夕食後「もう眠る」と言ってベッドに入ったが、１時間から１時間半おきに起きてはトイレに行ってたアボジが一向にベッドから起き上がってこなかった。

私も隣のベッドで寝たが、いつまで経ってもアボジが起きてこない。心配になってアボジを覗くと、息はしているようだがいつもと違う。結局トイレに行ったのは翌朝の四時頃だった。不審に思いながら、翌朝にアボジの様子を兄弟のグループLINEに送ったら、すぐに姉から電話がかかってきた。

夜中のアボジのトイレで眠れない日々が続いていた兄が、医者に頼んで睡眠薬を処方してもらったという。睡眠薬は齢よわい98の年寄りには効果が出過ぎるのでお勧めしないと医者は渋ったそうだが、頼みこんで睡眠薬を処方してもらい、昨晩飲ませたそうだ。

そういう大事な情報がなぜか私だけ共有されなかった。アボジの命に関わる大事な情報を、なぜ共有しないんだろう。逆に私は兄に対して怒りを覚える。

オモニが亡くなった日、遺体を自宅に安置するため、長女と兄は先に実家に帰り、私と次女は葬儀屋さんと一緒にオモニの遺体を運び入れることになったが、葬儀屋さんが来る前に私は部屋にあった荷物を姉と二人で整理した。

下着やタオルや食器類を車に積み終え、タンスとテレビなどは後日引き取ることになったが、オモニの部屋に飾ってあった兄の孫二人が手作りで作った画用紙が二枚貼ってあったが処分してしまった。

画用紙には兄の二人の孫たちが「早く元気になってね！」とオモニに宛てたメッセージが添えられていた。でも、死んでしまったオモニの思い出に縛られたりノスタルジックな気分にはなりたくなかったので、自分の判断で処分した。

数日後、部屋に残っていたテレビや洋服タンスを引き取りに行った兄が、孫が書いた画用紙がないことに激怒。尋常ではないくらいの調子で怒鳴りこんで来たと後日、姉からそのことを聞く。

不信感は連鎖すると取り返しがつかなくなる。早いところ払拭しなければと思いつつも、お互いのプライドが許さない。冷静に考えれば他愛もないことだが、やはり葬主は兄であり私は次男だ。折れるところは折れ、不信が膨らみ取返しがつかなくならないうちに摘んでおきなさいと姉に諭される。

まだ葬儀までは日にちがある。兄と葬儀までの間、ギクシャクしたくないのですぐにLINEを送った。

「先日、室内に貼ってあったオモニへの励ましの用紙を勝手に処分して怒っていると聞きました。配慮が足らず済まないことをことをしました。ごめんなさい。以後気を付けます」

送信後、「既読」がついた。