日本で生まれ、日本で育った在日コリアン。自分って何? 今の世の中ってどうなってる? 美術を通じてそんな問いを続ける生徒たちを追いました。
いま子どもたちは:等身大のキャンバス【下】
東京朝鮮中高級学校美術部の高2、金璃瑤(キンリヨ)さん(16)が12月の美術展「中央展」に出品するのは「招き“動物”」。6匹の招き猫の人形を並べる。
恋愛成就の猫はハート、学業成就の猫は本。新型コロナ退散祈願か、疫病よけの妖怪「アマビエ」を手にする猫も。「暗い世の中を良くしようというポジティブな考えが出ている」と顧問の崔誠圭先生(53)はみる。
璃瑤さんは入学直後の昨年4月、美術部の高3だった姉から「入部しないほうがいい」と言われた。部のツイッターに差別的投稿が相次いでいた。だが、千葉朝鮮初中級学校で学年唯一の美術部員として活動してきた璃瑤さんは「腕が衰えるのが怖くて」入部を決めた。「将来はものづくりを仕事にしたい」
同年6月の文化祭展示では、現代人のネット中毒やジャンクフードへの中毒を表現した造形作品が評価された。崔先生によると、作品に助言すると、自分の意見を明確に返せるのが璃瑤さんの強みだ。体調が整わず、部活動に来られないこともあるが、崔先生は「彼女は芯が強いですから」と見守っている。
「自由な世界はどう作ればよいの?」
高1の高翠蓮(コウチリョン)さん(16)も中学では学年で唯一の美術部員だった。東京朝鮮第五初中級学校で中1に進む時、同学年の女子8人全員が別の部へ。悩んだが、「絵がうまくなりたい」と美術部を選び3年を過ごした。
コロナ禍を受けた全国の朝鮮学校の「Web展」で選んだテーマは「自由」。考えたのは「誰かが自由な世界では誰かが自由じゃない」ということだ。まだ高校生でお金がなく、制作に使いたいiPadが買えない自分。朝鮮高校が高校授業料無償化の対象から外されていること。一番「不自由」を感じてきたのは幼い頃からの食べ物アレルギー。給食などでみなと同じものを食べられず、「周りの目を気にする人間になった」。
描いたのはこんな絵だ。金魚が水槽から抜け出し、空中を泳ぐ。その真ん中の自分は両手で口を覆い、息ができない。長期休校明けに入部して、約4カ月。最近こんなことを考え始めている。「自由な世界はどう作ればよいの?」
自分が生きる今この時が「日常」
今年1月にあった東京朝鮮中高級学校の美術部展「ふじゆうトピア」。高2の李輝龍(リフィリョン)さん(17)は首や手足に鎖を巻かれ、壁に背中をもたれて座っている。「あなたは、捕らわれてしまった国王?」。来場者に問われると、輝龍さんがうつろな目でつぶやく。「誰か……私には……わかりません……。私は……城で……働いていた」
頭上の絵画の中には長いれんが道と城。謎の記憶喪失の男を演じる自身も作品の一部にした「Utopiosphere Antithese」。作品説明にはこうある。「国王『これこそまさに望んでいた世界よ!!…これで皆も喜ぶであろう』 民『王は正気か?! これが我々が望んだ世界だと! 即時王を処刑せよ!!』」
男は捕らわれの国王なのか、執事や騎士なのか、わからない設定だ。「なんか、国会の前で戦争反対のデモとかやってるじゃないですか」。それをテレビでみて着想を得たそうだ。自分の好きなゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観も影響したかもしれないという。
当日そのまま鎖を首に下げ、魂の抜けた顔で池袋の街を歩いた。「恥ずかしかったけど、まあ良い『進歩』にはなった」
空想癖があり、小学校高学年の時もイオンで迷子になり両親が放送で呼び出された。そんな人柄に周りも和む。在日4世だが、それと創作は関係ないそうだ。「ナァ(私)がもし日本人でも、きっと作品は同じです」
物静かな高1の金秀龍(キンスリョン)さん(16)は千葉朝鮮初中級学校でサッカー部のフォワードだったが、本当に好きなのは絵を描くことだった。練習後に自宅で『鬼滅の刃』『僕のヒーローアカデミア』など漫画の模写を続けた。
この秋の展示に出したのは「鯨の歌」という水彩画だ。空を飛ぶクジラから、樹木が生えた様子を描いた。「木はクジラを束縛しているもの。『悩み』を表現した」
クジラ同士が超音波でやりとりすると聞いたことがある。「悩みを抱えている人は、そんな風にして助けを求めた方が絶対にいい、と伝えたかった」。尊敬するのはアーティストの米津玄師さん。歌詞やインタビューで話す内容から「すごく根が優しい人なんだ」と感じる。
今秋、来年1月の部展「はじめての日常」のコンセプトを議論した際に鋭い意見を述べ、周囲を驚かせた。「いつの時代も自分が生きる今この時を『日常』と言うのだと思う。僕たちは最終的にはコロナという現状を受け入れないといけない」
秀龍さんは日本籍の在日3世。祖父は南北分断前の朝鮮出身だが、母と父方の祖母は日本人だ。「在日朝鮮人として生まれたのは、ただそれが自分の人生の舞台設定というだけです」。同胞たちが朝鮮学校を守ってきたことに感謝しているが、「自分は自分という人間として人生を歩みたい」。
ある日、今回の連載記事の趣旨について記者と雑談していた時。ふと秀龍さんが「『クロスワード』という言葉が浮かびました」と言った。問題を一つずつ解いてマス目の文字を埋め、最終的に一つの言葉を明らかにするパズルのことだ。秀龍さんは続けた。「僕らは立場が特殊。自分って何だろうとか、どの選択をするかとか。人生で多くの問題を解きつつ、いつか自分なりの答えを見つけるのかもしれない」
公立小、胸にしまった思い
東京朝鮮中高級学校の美術部には中級部の生徒が2人いる。中2の李愛琳(エリン)さん(14)と中1の朴タソミさん(13)。2人とも、元々は杉並区の東京朝鮮第九初級学校に通っていた。
「愛琳オンニは絵がうまくて有名だった。図工室に絵がはられてた」とタソミさんは言う。だが、愛琳さんは小2の途中に都内の公立小に転校した。在日4世で韓国籍ということで、つらい思いをしたこともある。
小3の時、男子から国籍に絡めて悪口を言われた。先生はその子に注意し、愛琳さんには「気にしなくていい」と言ってくれたが、その後も時折、同級生から心ない言葉をかけられた。やがて先生に言う気も失せた。
逆に「韓国人でいいな」と言う女子らもいた。K―POPのBTSやTWICEのファンだ。自分も好きだったので楽しく話せたが、実は韓国に行ったことはないし、韓国人という意識もない。その思いも、胸にしまった。
「『第九(チェグ)』の子たちと一緒の中学に行き、美術部に入る」。小6の冬、母親にそう訴え、「東京中高」へ。美術部では、弟のウルトラマンの人形を展示して作品を作るなど、型破りな発想を見せた。 中1冬には駅の屋根を壊す巨大な赤ちゃんを描き、中学生絵画展で入選。サイゼリヤで食事中、大声で泣く赤ん坊を見て思いついた。「『進撃の巨人』にはまってたし」
タソミさんは「先輩はみんな絵がうますぎて自分が情けなくなる」と嘆く。「オリシャ戦記」などファンタジー小説が好みで、水彩画でも想像の世界を描く。1カ月に図書館で本を10冊借り、3回ずつ読むのが習慣だ。漫画「文豪ストレイドッグス」を読み、宮沢賢治も好きになった。
美術部顧問の崔誠圭先生(53)は、卒業した部員の近況を聞くのがいつも楽しみだ。「生徒たちには、中高生という年代でしか表現できないものを生み出してほしい。それは本当は、誰もが経験すべきことなんだと思います」