ヒョングが教師になって2か月が過ぎようとしていた。6月のある日曜日。朝から雨が降る中、寄宿舎の先生と学生たちはある同胞の家に遊びに行った。ヒョングは翌日の授業の準備が終わっていなかったので1人寄宿舎に残った。久しぶりに静かな朝だった。朝の時間をのんびり過ごしてから教員室へ向かうと、チョンファが机で作業をしていた。
「お、チョンファ先生、日直?」「ヒョング先生はみんなと行かへんかったんですか?」「うん、明日の準備がまだだから…」と言って自分の席に座った。
「嫌な雨ですね」とチョンファが言った。ヒョングは黙って窓の外の誰もいない運動場を眺めていた。雨粒が運動場のくぼみにできた水たまりにダイレクトに落ちて小さな波紋を幾重にも描いている。時が穏やかに過ぎていく。普段は生徒たちの笑い声にあふれる校舎も音を失ったように静まり返っていて窓をたたく威勢のいい雨音だけがコンクリートの校舎に響いている。
ヒョングは雨の休日が好きだった。雨音を聞いていると不思議と心が落ち着く。「こんな日は何か音楽が聴きたいな…」ヒョングが思わず吐いた独り言に返事をするようにチョンファが言った。「こんな日にぴったりの歌があります」とカセットのスイッチを入れると透明感のある心地よい歌声が流れて来た。「なんか贅沢だなぁ。時間がゆっくり流れていくよ」
時間は穏やかに流れていたが時計は昼を回っていた。「先生、お腹空きません?私お弁当持ってきたんですよ」チョンファは包みを開いて弁当箱のフタを開けた。「おお、すごいね!手作り?」「はい。ヒョング先生も食べて」ヒョングは言葉に甘えて卵焼きを口に入れた。
「うまい! 俺はね、最初に卵焼きを食べるんだ。料理の腕がわかるからね。チョンファ先生、料理うまいな。すぐにでもお嫁に行けるよ」「それ、オモニが作ったんですけど」漫才のようなツッコミに2人は思わず顔を見合わせて笑った。
2人で弁当を食べながらチョンファはこの時とばかりヒョングに質問する。「先生はこっちに来るのに抵抗はなかったんですか?」「無いわけないでしょ〜。でも断ったら、ほかの誰かにシワ寄せが行くだろ?ま、長居するつもりはないけどね」とウインクした。チョンファの質問は続いた。
「先生は彼女とかいてないんですか?東京に残して来たとか…」チョンファの質問にヒョングは胸中を見透かされたようで慌ててお茶を飲んだ。脳裏には東京に残してきた1人の女性が浮かんでいた。
今日の新米教師の奮闘記は、挿し絵のヒョング先生の爽やかさや、文学的な表現が心地良かったです。
ユウツな雨降りも「雨音を聞いていると不思議と心が落ち着いた」の文章に、私の心も音を失ったように静まり返っていました。
東京に残してきた彼女のことも気になりますね。
ヒョング先生の違う一面が見えてきて今後が楽しみです。