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1本の樹にもー新米教師奮闘記⑫

7月の日曜日。梅雨明けを思わせるような青空が広がり、朝から強い陽ざしが窓を刺す。寄宿舎の前ではグンサン先生が楽しそうにミニバンを洗っている。ヒョングはまだ夢の中。高温と湿気が、寝ているヒョングの体を汗でグチョグチョに濡らす。クーラーのない部屋で窓を全開にして寝ているヒョングを窓の外で誰かが呼んでいる。

「お〜い、ヒョング先生!」 その声でヒョングは目を覚ました。ボサボサの髪をかきながら寝ぼけ眼で窓の下をのぞく。「先生、起きたか? 下に降りておいな〜よ」

声の主は寄宿舎の1階に住むシンモ(食堂のおばさん)である。大柄な体に男勝りの性格で校長にも平気で意見する、寄宿舎の陰のドンである。だが、その外見からは想像もつかないほど料理が上手。特にキムチは絶品で、シンモのキムチを初めて食べた時は「うんメェ!」と声を発してしまったほどだ。

ヒョングが1階に下りると、ちょうどシンモが炊事場の扉を開けた。「先生、ちょっと手伝うて」「はい」

寄宿舎には“シンモには絶対的に従う”という暗黙のルールがある。そのせいかシンモの前にいくとなぜが従順になってしまう。「なんかな、グンサン先生が海行くとか言うちゃんのよ。そこにあるカンテキ(七輪)3つ持ってって。」とシンモが矢継ぎ早にしゃべる。「海…?!」(昨夜はそんなこと言ってなかったけど…今から海に行くのか? そんなの予定にないじゃん)

ヒョングは鼻歌をうたいながら洗車をしているグンサン先生に確かめた。
「海…行くんですか」「おう、行こうか思うてんねん」「えー? 思いつきで?」
ちょうど部屋から下りてきたチソン先生が「そこがええんやしょ。海まで10分や。すぐやで」と言うと階上に向かって叫んだ。「お〜い!海行くぞ〜!」「やった〜!」「暑い暑い…早よ行こらよ!」頭上から寄宿舎生たちの喜ぶ声が響いた。

10分後、2台の車に分乗した一行は学校から程近い海岸に到着した。遠浅の海岸は沖に置かれたテトラボットによって穏やかな波を演出している。湘南の真っ黒な海しか知らないヒョングは、その透明さに驚いた。

「水が透き通ってる…きれいだな~」「ソンセンニム、ここはあまりキレイ違いますよ」と学生が笑う。「へぇ、そうなんだ」「東京の海はよほど汚いんですね」「東京に海あるんか?」「知らん」

学生たちが東京ネタで盛り上がる。静かだった海岸は寄宿生たちの声であふれた。水しぶきをあげて泳ぐ者、ビーチボールで遊ぶ者、それぞれが楽しんでいる。(遊び場がこんなにきれいな海だなんて、なんて贅沢なんだ?こんな環境で育ったら、そりゃ素直に育つわな~)

無邪気に遊ぶ生徒たちの姿は水面に反射する陽の光のようにキラキラと輝いていた。

2 COMMENTS

方言いいね。

所々に出てくる方言、いいですね。
人情味溢れる人々に囲まれて、ヒョング先生はどう奮闘し変わっていくのかが楽しみです。
七輪で焼いて食べる焼き肉、美味しそうですね。
懐かしいです。

シンモの弟子になりたい。

シンモの挿し絵が
最高にいい味出してますね~❣️
肝っ玉母さん的な…(笑)
いつまでも若いつもりでいるけど
自分もシンモと同年代になってきているとなんとなく実感しました。
【料理上手で寄宿舎の陰のドン】
そんなシンモに憧れますが…
まだまだ修行が足りない自分(笑)
目指せ‼️肝っ玉母さん‼️(^_^)v

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