春のうららかさを感じよう

1本の樹にもー新米教師奮闘記㉞

授業中に突然校内放送が流れた。「リ・ヒョング先生、教員室までお越しください」ヒョングとクラスの生徒たちは試験勉強の真っ最中であった。(授業中だぞ? 終わってからじゃダメなの?)そう思いながら教員室に行くと教務主任が誰かと電話で話している。周囲の教員たちもその電話が気になるのか教務主任の顔をじっと見ていた。(誰の電話だ?)教務主任から受話器を渡されたヒョングは聞き覚えのある声を耳にした。

「ヒョングか?」「オモニ? 急にどうしたの?」「…」受話器の向こうからオモニのすすり泣く声が聞こえる。「オモニ、どうしたの?」「アボジが…」「アボジがどうしたんだよ!」思わず声を荒げた。「腫瘍が見つかって…ガンかもしれないんだ」「ガン?」「オモニ1人じゃ心細くて…ヒョング、帰って来れない?」涙声での哀願だった。「明日から試験だから今は無理だよ。試験が終わったらすぐ帰る」そう言ってヒョングは冷たく電話を切った。

「ヒョング先生、こっちのことは心配せんと東京へ帰り」「でも試験が…」やり取りを聞いていた教務主任が帰京を勧めたが、ヒョングは迷っていた。「試験が終わって10日もすれば冬休みですから…」「ヒョング先生、今すぐ帰りなさい。これは校長命令です」校長がキツイ口調でそう言ってくれたので、ヒョングも帰る決心がついた。ほかの教員に試験勉強用のテキストを託して準備もそぞろに学校を飛び出した。

夜のとばりが下りる頃、ヒョングはやっと家にたどり着いた。チャイムを鳴らすと「ガラッ」と戸が開いてオモニが驚いた顔で出てきた。「来たの?」と言うその顔に安堵の笑みが浮かぶ。「それでアボジの容体はどうなの?」「胆のうに腫瘍があって明日手術だって」

母の話によると、ヒョングの父親は朝から顔色が真っ青で、極度の倦怠感に襲われていたらしい。近くの医院に行ったが直ぐに大きな病院へ移送され、急きょ入院という運びになったのだ。明日には腫瘍を取り除く手術が行われ良性か悪性かの判断が下る。「大丈夫だよ。アボジは強いから」ヒョングは自分に言い聞かせるように母を慰めた。