翌日、ヒョングは激しい頭痛と吐き気で目を覚ました。(ウウ…、頭が痛え~、オェー、気持ち悪い…)昨晩の光景が頭にうっすらと浮かんでくる。酒を注がれるままに一気飲みした記憶はあるが、誰に注がれたのか、どれだけ飲んだかは覚えていない。
ヒョングは、酔って何か粗相をしたのではないかと布団の中で必死に記憶をさかのぼってみた。はっきりとは覚えていないが、何か隣の先輩教員と言い争ったような…(う〜ん、思い出せねぇ。何かやらかしたかな?)
時計は昼の1時を回っていた。「ヤバい! 初日からやっちまった!」ヒョングは慌てて布団から出るとろくに顔も洗わないまま校舎に向かった。
校舎は静かだった。ヒョングは教員室のドアを開け、大声で「ミアナムニダ」と頭を下げたが反応はなかった。(あれ?)頭を上げると教員室にはキム先生1人がいて、ヒョングを見てクスクスと笑っている。ヒョングより1歳年上で、笑顔がチャーミングなキム先生は「アンニョンハシンニカ」と挨拶しながら笑っている。ヒョングはバツが悪そうに挨拶を返した。
「あの〜、ほかの先生は?」ヒョングが室内を見回しながら尋ねると、キム先生は相変わらずの笑顔で言った。「ヒョング先生、飲み過ぎて覚えてへんねんね。今日と明日はお休みよ。先生、昨晩はだいぶ出来上がっとったね。二日酔いとちゃうん?」「はぁ、頭痛いっす。昨夜のこともあまり覚えていなくて…俺、何かやらかしませんでした?」「ヒョング先生は楽しいお酒を飲むんやね」「はぁ…」
ヒョングは恥ずかしさを隠すように頭を掻きながら話題を変えた。「近くに文房具店はありますか?」と聞くとキム先生は文房具店への地図を描いて渡してくれた。
文房具店は学校からほど近い狭い路地の入口にあった。狭い店内では、近所の小学生数人が新学期用のノートや鉛筆を選びながら騒いでいる。ヒョングはノート数冊と筆記道具を手にしながらペン立てを探したが、見当たらないので店主に尋ねた。「すみません。ペン立てはどこですか?」一瞬、店内が静まりかえり、子供たちが一斉にヒョングを見た。(え? 俺、何かまずいこと言ったか?)「関東弁やで。“ペン立てどこですか?”やて…」「ププ…」
店主のおばちゃんが「何?ペン立て?」と聞き直したので「はい、そうです」と言うと、また小学生たちがクスクス笑いだした。「あそこの棚に置いちゃるよ」ヒョングはおばちゃんが指差した棚からペン立てを取った。「これ、いくらですか?」「ん〜600円やな。お兄ちゃん、関東の人か?珍しいさかい子供たちが騒いじゃる」と人が好さそうに笑う。
文房具店で軽いカルチャーショックを受けたヒョングは、昼食を取るために入ったうどん店でもう一度カルチャーショックを受けることになる。ピークを過ぎた店内に客はまばらだった。ヒョングはメニューにそばがないことに気づいた。(そばはないのか… あ~あ、“そば谷”の200円そば食いて~)
結局、彼は天ぷらうどんを注文した。「お待ちどうさま」店員が運んで来たうどんは、東京では見たことのない汁の上からどんぶりが透けて見えるほどつゆの薄いうどんであった。