中国に「刎頚(ふんけい)の友」という故事があります。刎頸とは斬首、首切りのことで、「お互いに首を斬られても後悔しないような仲」という怖い話ですが、私にも刎頚の友が一人います。
友達と言うよりも恩人であり師匠であり、同業の頼もしい味方です。同郷の4歳年上の先輩で、生涯でたった一人、心の底から“先輩“と呼べる人は、この人しかいません。
身長192cmの大柄な体格で、周りをグイグイ引っ張って行くバイタリティーと、男も惚れる男気を併せ持ったカッコいい先輩です。そして私と同じく地方からの転校生でした。4人兄妹の一番上の兄貴で4つ下に妹がいる。この妹と私は転校の先々で同級生でした。そして兄も妹も規格外に身体がデカいんです。この兄妹とは、私が転校した先々で出くわす不思議なご縁で繋がってました。
私が30歳で起業した時、これから始める仕事のリサーチで地方の業者さんを訪ねた時に、先方から関東の同業者を紹介してもらいました。私は一刻も早く仕事を覚えたい一心で、この業者に電話して『無償で良いから仕事させて欲しい』と頼み込みました。相手側は『まぁ、とにかく一度尋ねておいで、話はその時に…』となりました。
後日、指定された会社に行ってみると、事務所から出て来た人は何と“先輩“でした。ビックリです!先輩も私の顔を見るなり
『お、お前か⁉️』
十何年かぶり4度目の再会です。これはもう偶然なんかじゃ無い『運命』を感じましたね。
それ以来20数年間、先輩にはお世話になりっぱなしです。前に一度、恩返しがしたいと先輩に申し出た際『ばか野郎!後輩からは何も返して貰うモノなんて無い。』と叱られてしまいました、泣けました。
この人には絶対かないません。そして、これから先もずーっと、友であり続けたいと願っています。こちらの一方的な想い込みかも知れませんけど、私の唯一の「刎頚の友」です。
私が同郷の先輩の事を「刎頚の友」と呼ぶのには訳がある。それは、お互いがそれぞれに、自分なりの“覚悟を決めていた“事です。
お互い在日コリアンであり、日本社会の中で、裸一貫自分の実力だけで、世界を相手に果たしてどこまで通用するのか?(中古品を扱う、キツイ3kの貿易会社です)
コレは人生をかけて試してみる価値が充分あると(私は)考えていたのですが、先輩もどうやら似た様な事を考えていた様です。飛び込んだ世界そこは、一切の馴れ合いも無い、真剣勝負の世界でした。単に“お前はこの仕事が出来るのか、出来ないのか?”
だけが問われる。(望むところです。)朝鮮人だから…。何てくだらない理由で、妥協する必要など一切なし❗️
そんな覚悟で挑んだ仕事でしたから、先輩との偶然の出会いは、心底嬉しかった。そしてお互いに切磋琢磨し合いながら、酒を飲見交わし、遊び、博打を射つ(笑)戦友でした。今尚、単なるお友達以上の強い絆を感じます。(^^)