【東京朝高】アーカイブ写真②-東京都立校時代

1948年1月24日。米進駐軍の命令を受けた日本政府は、文部省学校教育局名義で文部省大阪出張所および日本全国の都道府県知事に「朝鮮人学校の取扱いについて」を通達します。この通達は在日朝鮮人の民族教育を否定し、同化教育を強制する「朝鮮学校閉鎖令」でありました。

都立時代の案内看板

兵庫県では1948年4月24日同胞たちが兵庫県庁前で1万の群衆集会を行い、県知事との交渉で学校閉鎖を撤回させます。しかしその日の夜遅く、進駐軍第8軍司令官のアイゲルバーガーは、合意した「学校閉鎖令」撤回の無効を宣言しただけでなく、神戸に「非常事態宣言」を発動し、3日の間に1937人の同胞を無差別に逮捕します。

都立時代の校舎校門

逮捕された朴柱範朝連兵庫県委員長は1年以上拘留され獄死。「緊急事態宣言」は、日本で執行された唯一のものです。これが「4.24教育闘争」です。

その闘争もむなしく1949年に東京朝鮮中学校・高等学校は都立学校になります。