日本で生まれ、日本で育った在日コリアン。自分って何? 今の世の中ってどうなってる? 美術を通じてそんな問いを続ける生徒たちを追いました。
いま子どもたちは:等身大のキャンバス【中】
美術部部長、宋泰碩(ソンテソ)」
昨年末、東京朝鮮中高級学校の体育館。部活動の新部長の発表で自分の名が読み上げられ、当時高2の泰碩さん(18)は耳を疑った。顧問の崔誠圭(チェソンギュ)先生(53)からは何も聞いていない。他の部員らも、同学年でしっかり者の河慶恵(ハキョンヘ)さん(18)が選ばれると思っていた。「やばいなと。責任とか苦手なんで」
泰碩さんは東京朝鮮第一初中級学校出身。中学では「消去法」で選んだ美術部に、高校でも入った。上下関係も厳しくなく、居心地はよい。でも、取り組んだ現代アートでは何を作ればよいかわからず悩んだ。「ソンセンニンの『いい感じじゃない?』の一言だけを目標に作ってた」
ある時、母の職場で廃棄されたパソコンのキーボード十数枚を素材にした。一部を立たせると、都会のビル街のようだ。
色は黒が多くて……白は少数派? 個々のキーは人?
コンセプトが浮かんだ。「僕たち在日も少数派。その中にも多数派、少数派がいる」。将来、日本国籍を取るか否か。高校は朝鮮学校がよいのか、日本の学校がよいのか。「どちらかが100%正しいことはない」
性別や宗教に絡む差別も考え、「ヘイトクライム」と題をつけた。高1冬に都内の高校生による美術展「中央展」に出すと、好評だった。
高2の文化祭では校外のアーティストへの参加依頼を担い、作品や説明を冊子にした。「こういうこと、自分にもできるんだ」と気づいた。
その春、部のツイッターに差別的な投稿が相次いだ時も「泰碩だけはなぜか落ち着いてた」と慶恵さん。差別は良くない。でも、なくならない。泰碩さんは「警戒は大事だけど必要以上に恐れてはだめだと思った」と話す。自分も現代アートに触れるまで、女性差別や黒人差別を意識しなかった。「何げなく誰かを傷つけたこともあったはず。指摘された時、非を認めて直す。それを続けるしかない」
いまは年明けの部展「はじめての日常」に向け、制作と事務に取り組む。「コロナの感染者が増えてるのが心配っす」。そう言ってパソコンに向かった。
日本と朝鮮「社会が2倍に」
「あるんですよ、『いま描ける』みたいな感じが。そういう時に描いておかないと」
東京朝鮮中高級学校の高1、鄭大悟(チョンテオ)さん(16)は先輩が帰った後も、下校時間ぎりぎりまで絵筆を動かす。12月の美術展「中央展」に出す作品の背景は、入り組んだ建物や配管、室外機。重層的な緑の色調が映える。得意とするSF的な世界観の表現だ。
傍らには、大友克洋さんの名作漫画「AKIRA」の画集。繰り返し読む度に発見がある。「AKIRAはバイブル。永遠にハマッてます」
実は、大悟さんは美術部で最古参だ。高校生部員7人のうち唯一、中級部から同校の生徒で、美術部員だった。
中1の時、東京・池袋の書店でアニメーターの田中達之さんの画集に出会う。精密に描かれた背景や機械の格好良さ。「ここから僕の『好き』が定まっていった」。田中さんの技法書は大友作品が国内に与えた影響を解説していた。
在日4世の大悟さんは9歳上の兄の影響で日本のアニメや漫画が大好きで、保育園の友人と日本の公立小に進むつもりだった。朝鮮学校への進学を勧める両親に「嫌だよ」と訴えたことを覚えている。
今は朝鮮学校で学んでよかったと思う。「戦争とかのごたごたがあって」曽祖父が渡日し、「いま僕がここにいることを知った」。日本と朝鮮。「社会が2倍に増えた」
韓国籍だが、韓国人という実感はない。日本人でもない。朝鮮民族であることや朝鮮語にはアイデンティティーを感じる。「でも、今ある特定の国々にそれは感じない」
実は中3の冬、都立高校を受験した。「そろそろ日本の社会を見たい」と思ったからだ。不合格だったが、美術部に残りたい気持ちもあったため、受け止められた。
顧問の崔誠圭先生(53)は目指す表現を否定せず、適切な助言をくれる。展示を通じて多様な人と交流するのも楽しい。「考え方って強要すべきものじゃない。共有し、影響を与えあうものでは」と大悟さん。この先も考え方は変わるだろう。でも、今のところ、「もっと絵がうまくなりたい」という思いだけは変わらなそうだ。
多感な時期、たくさん悩んで格闘して成長していく後輩たち。
とっても可愛いです✨💗
頑張れ‼️