30歳を目前に控えて私は二度目の出産を経験した。産まれた子供は首にへその緒が巻き付いていて仮死状態だったが、医師たちの懸命な尽力によって九死に一生を得た。この子こそがこの物語の主人公、次男のマー坊である。
産まれた時から人騒がせだったマー坊だが、2歳までは本当におとなしい子で言葉を一言も発しない。心配した周囲の者たちが私にいろいろと助言する。義母に至っては「この子、おかしいわよ。発達が遅れてるんじゃない?」などと落ち込むような発言を平気でする始末。そのたびに私は心の中で(そんなことはない)と自分に言い聞かせていた。
ところが、2歳を過ぎた頃からせきを切ったようにマー坊の口から言葉があふれだした。喋る、喋る、まー喋る。
マー坊を連れてデパートに買い物に行った時のこと。小さい子を連れてのエスカレーター移動は危ないので、私はエレベーターに乗った。当時、老舗のデパートにはエレベーターガールがいて、乗り降りボタンを押したり、「次は◯階、◯◯売り場でございまーす⤴」と独特のイントネーションで教えてくれる。
エレベーターが上昇するとエレベーターガールは次の階まですまして立っているのだが、そこへマー坊が近づいていく。
エレベーターガールもマー坊に愛想よくほほえむ。次の瞬間「おねーさん、キレイだね♡」とマー坊が口説く。これじゃ、まるで野原しんのすけだわ。おそらくエレベーターガールのお姉さんは(おいガキ、20年早いわ!)と心の中で叫んでいたことだろう。