1960年代に入り台東の商業活動の中心は浅草から上野へと移っていきます。事務所も浅草六区から東上野へと移転しようという流れになり、新しい新会館の建設に取り掛かります。
建設の資金調達や今後の運営資金など、将来のことを見据えた結果、一部を賃貸にして財政面をカバーしようという決断に至ります。
同胞たちの中では、商売をする会員たちの間で互いに融資を受けられる協同組合を作ろうという要求が高まり、1959年に協同組合が結成され、新会館建設に至ります。
1960年代に入り台東の商業活動の中心は浅草から上野へと移っていきます。事務所も浅草六区から東上野へと移転しようという流れになり、新しい新会館の建設に取り掛かります。
建設の資金調達や今後の運営資金など、将来のことを見据えた結果、一部を賃貸にして財政面をカバーしようという決断に至ります。
同胞たちの中では、商売をする会員たちの間で互いに融資を受けられる協同組合を作ろうという要求が高まり、1959年に協同組合が結成され、新会館建設に至ります。
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もしかしてここって「상품전람회」が開催された所?
小学生の頃かな〜?
見に行った記憶が…
覚えてるのは「旋盤機械」と「天女の刺繍」。
今思えばあの頃は、日本に堂々と機械を紹介するほど自信があったんだな…と思います。
古き良き時代かな?
匿名と言う名の匿名さん。
「상품전람회」があった場所は、上野駅浅草口に近い、朝鮮商工会館です。今は一階に中外旅行社が入ってます。
上の写真は東上野で、一階の店舗に朝鮮乾物の「まるきん」、조선옷감の「黄金商会」があった建物です。
因みに向かえ側に「群山商店」(現在建物上層階で営業)、またすぐ近くに「京都商会」が当時ありました。
両方とも28期同窓生の関係するお店です。
徳名77さん、コメントありがとう。
そうなんですね。
上野辺りだったと思ってたんですが…
群山商店、京都商会はどちらも同級生の家でしたね。
良く覚えてます。👍👍