次の日の朝、ジンスは先輩宅の所在地にある亀戸駅から総武線に乗り、秋葉原で山手線に乗り換えた。毎度のことだが通勤時の都内の各駅と電車内は人、人、人の大混雑だ。
誰しも決して慣れ親しめないし、ジンスもそんな朝が大嫌いでウンザリしている。山手線の中で彼は携帯をチェックした。현주からのショートメールが入っていて「11時に電話する。必ず出て」と書いてあった。ジンスは途端に気分が良くなる。昨晩の出来事をなぞっていると電車内の押し合いへし合いも気にはならなかった。
西日暮里で降車した彼は三河島方向に向かって歩きだす。徒歩10分位の雑居ビルの中にジンスの個人事務所がある。
狭いワンフロアに電話機1つ、他に従業員もいない。内装業とは名ばかりでパチンコ店などの遊技レジャー関連業者に内装業者をつなぐのが彼の主な仕事だ。工事業者の営業を代理して行い契約成立後は工事現場を監督したりもする。우리 학교の卒業生の繋がりを辿ると営業先も少なくないのでそれなりに忙しいのが有難い。でも大手のエゲつない店舗展開や総聯系の遊技業者に対する当局のプレッシャーは年々激しくなっている。
スモールメリットで食いつないでいる同胞業者の経営を容赦なく圧迫しているのだ。先行きは楽観できないと、ジンスも重々承知している。大学卒業後から十年以上朝銀にいながら同胞業者の栄枯盛衰を散々見て来たので頭の片隅には常に先行きに対する不安がある。事務所で書類や郵便物をチェックし、仕事の段取りをしていると携帯が鳴った。현주からの電話だ。彼の頭のスイッチが切り変わる。
「ジンス、通話大丈夫?」、「♪이른 아침에 잠에서 깨어 너를 바라볼수 있다면〜 ♫」、「ハハハ、もうエエから。昨日はありがとな。それからホテルの支払いまでしてくれてホンマに미안하다 。」、「気にしないで。차비払って会いに来てくれたお礼だから。」
通話はテンポ良く進む。
「何かあっと言う間やったね。もっとたくさん話したかったしな。」、「俺も楽しかったよ〜。ただ一つ残念な事があるけどね。」、「えっ、なになに?」、「キスすんの忘れてた。」、「したらよかったやん。」、「えっ、マジか?次に会ったら絶対しちゃうからな。」、「바보やん、でもこっちで会えたらご馳走するわ。それからそこの住所メールしてな。何か送るわ。」…
軽口の応酬が楽しかった。明らかに再会前より親密度が増しているのが分かる。でもジンスのハートをある疑問符が突っつく。
(お前は今恋してるのか?)
違う違うと否定しながら彼女に対する高揚感を表す言葉をジンスは探せないでいる…
続く