小春日和の陽光が射し込む昼下がり。リビングのソファーでの浅い眠りは、夢の中でささやくような妻スニの声によって現実に呼び戻された。
「アッパーッ!昨日からリビングの掛け時計が止まってるの。電池替えてくれる?お願いしまーす。多分電池切れだと・・・」 ベランダで洗濯物を干しながらスニが言う。
やれやれと目を覚ましたミヌは、窓から見える雲ひとつない青空をボーっと眺めていた。抜けるような青い空に白い飛行機が飛んでゆくのが小さく見える。近くにある調布飛行場から離陸したセスナ機だろうか。子供の頃からミヌはこの風景が好きだった。
線を引くように伸びていくひこうき雲が60歳になった今でも心をワクワクさせる。幼い頃からこの条件反射はひとつも変わらない。正義の味方が飛んでくるような気がして・・・。
飛び去ってゆく飛行機を目で追いながら「電池はどこだ?」とスニに聞き返す。「もう・・・。テレビの横のディズニーの缶の中!前にも言ったわよ。いよいよ認知症始まったのかしら・・・」言葉の語尾は独り言のようになっていた。
缶の中から取り出した電池を交換すると、時計は息を吹き返したように「カチッ」「カチッ」と秒針を動かし始めた。役目を終えた2本の単三電池を眺めながらミヌは幼い頃のある「事件」を思い出した。そう、それはほろ苦く切ない正義の味方〈鉄人28号〉のおもちゃの想い出だ。
テレビがようやく一家に一台定着し始めた頃、ミヌがまだ5才の時だ。その頃の男の子たちはアニメの「鉄人28号」に夢中だった。今で言うところの〈ドラえもん〉もしくは〈アンパンマン〉といったところか。
とにかく子供たちは、主人公の正太郎がリモコンで意のままにロボット〈鉄人28号〉を操り、悪の集団をエッサエッサとやっつけるヒーローに釘づけだった。
そして悪者をやっつけた〈鉄人28号〉は最後に「グァオオーーーッ!!!」と勝利の雄たけびをあげるのがお決まりだった。
子供たちに人気の〈28号〉、当然おもちゃも販売されていた。うちは決して裕福ではなかったが、ある日、オモニが街のおもちゃ屋さんで憧れの「28号」を買ってくれた。大好きな〈28号〉を手にしたミヌは赤面するほどの喜びと興奮で舞い上がった。喜ぶわが子を見ながらオモニもやさしい笑みを浮かべた。
それからのミヌは寝ても覚めてもおもちゃの〈28号〉に夢中だ。この〈28号〉、背中の部分に単三電池を2本セットしてお腹にある赤いボタンを押すと「グァオオーーーッ!!!」と雄たけびをあげながら目をチカチカと点滅させるのだ。ミヌは昼も夜もこの〈赤いボタン〉を押して遊んでいた。 飽きもせず に・・・
ある日、28号のお腹の〈赤いボタン〉を押してもなんの反応もしなくなった。電池が切れたのだ。まだ幼いミヌは電池が消耗品であることを理解していない。〈28号〉が壊れたとオモニに伝えるとオモニは「電池が切れたんでしょ。ミヌ、28号が大好きなのは分かるけど、28号も少しは休ませてあげないと・・・」と包む様に言った。
(続く)