春のうららかさを感じよう

【投稿】 アントニオ猪木さんの“功績”

アントニオ猪木さんが亡くなって、もう1年が過ぎた。 今年の3月7日のお別れの会には、7000人のファンで埋まり「1、2、3、ダー」の大合唱だった。

猪木さんは、亡くなる数日前に松波健四郎氏に電話をかけて、北朝鮮とのスポーツ交流を継続して欲しいと言ったという。猪木さんの大恩人である力道山の母国と日本とは国交がなく、両国関係は最悪の状態のままだ。なので自分が死んだら、その交流を松波氏に託したのかも知れない。

これまで猪木さんは、30回近くも訪朝したので、ピョンヤンでも有名人だった。猪木さんは、日本と北朝鮮が国交を正常化するまで、細くても両国の橋渡しをしたいと、生涯情熱を傾けた。

思い返せば民主党が政権を奪取した際、とある幹部が猪木さんに北朝鮮政府への信書を託した。その親書を朝鮮労働党幹部に手渡したというが、その帰国時に、税関でこっぴどく調べられたと嘆いていたという。

日本維新の会で当選したが、やはり強烈な個性であったからか党を離脱。しかし北朝鮮との交流には、執念を燃やしていた。国交を樹立すれば、懸案の拉致問題も解決できると、猪木さんは考えていた。

打ち上げ花火のごとく打ち上げるミサイルに、日本政府は外交ルートを通じて抗議し、制裁措置を取るだけである。そして抗議の手段は北京の北朝鮮大使館に抗議文なるFAXを送るだけだ。

平和とは願うものではなく行動して手中にするものであろう。体を張って行動する人がいなくなってしまったのは、本当に残念でならない。

いまは、横浜市鶴見区の総持寺で静かに眠るアントニオ猪木さん。 ここには、あの石原裕次郎も眠っている。 合掌

2 COMMENTS

国交は結ぶべき😊

もうこんな政治家は現れないだろうね~👀
鈴木宗男のロシア訪問と、ちと訳が違うもんね~
さて、松波健四郎の活躍を期待しちゃうぞ~👍
ワンツゥースリー だぁぁぁ🙌

アントニオ・バンデラス

松波健四郎さんねえ~。
猪木さんに比べたらやっぱ格下感はぬぐえないなあ~。

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