3月にヒョングが和歌山に赴任してはや1年が過ぎようとしていた。ヒョングは今学年度の最後の授業で学生たちに1年間の感想を書かせることにした。
学生は真面目に書き出した。上を向いて書く学生、一心不乱に書き込む学生、中にはヒョングの顔をジッと見る生徒もいた。授業が終わり教員室に戻るとヒョングは、はやる気持ちを抑えきれず早速感想文に目を通した。
そこには学生たちの素直な感想が綴られていた。“最初は怖かったけど話すうちに楽しい授業の一つになった” “文法が難しかった” “本が好きになった”“ 授業はちょっと眠たかった” には笑った。感想文を読んでいく中で“ソンセンニム、いつ東京に帰らはるんですか?” “東京に戻っても和歌山を忘れないでチュセヨ” の文字が一番多く目に付いた。胸が熱くなって来た。
エミョンは “ソンセンニム、ホンマに、あんなキツイこと言うてミアナムニダ。来年も担任してください”と書いている。ミョンジャの感想文は “ソンセンニムのお陰で高校に行けるようになりました。来年も担任ならええのにな。大好きなソンセンニム、アボジとの約束守らなあかんよ” と半分脅迫めいていた。寄宿生のニョモは “ソンセンニム、他人にあんなに素直に謝られたのは初めてやったわ。ソンセンニム、来年は東京に帰ってもええけど今年はあかん。ワシらと1年過ごしてからや!” 最後にソンスは “ワシらと一緒に卒業しましょう” と綴っていた。目が潤んで文字がかすんできた。
「ヒョング先生、それが先生の成績表や。大切にしぃや」教務主任が笑いながらヒョングの肩をたたいた。(あ〜あ、参ったなぁ、もうやるっきゃないじゃん)ヒョングは涙と鼻水でグチャグチャになった顔を隠すことなく笑顔で窓の外の運動場を眺めた。ヒョングの顔は1年前の新米教師の顔ではなく立派な<ソンセンニム>の顔になっていた。
ヒョングは感想文をしまおうと引き出しを開けた。そこには封の開いた一通の手紙が入っている。取り出して改めて読んでみた。 “ヒョング、久しぶり。まさかこんな手紙を書くことになるとは思いもしませんでした。…私もいろいろと悩んだけど、あなた以外の人と結婚しようと思います。ヒョングを嫌いになったわけではありません。でも、私にとって2〜3年は耐えられないほど長くて。…ヒョングはいい先生になることでしょう。私のことは忘れてステキな人を見つけてください”
ヒョングは手紙を引き出しに戻し、吹っ切れたように引き出しをパタンと閉めて顔を上げた。視線の先にチョンファのまぶしい笑顔が輝いていた。
(完)