学校時代には気がつかなかったけど、社会に出てからよく言われることがある。どうやら私は「お嬢様育ち」らしい。初・中・高時代、母が手作りのお弁当を持たせてくれた。それも毎日。だから私にとってお昼の外食は特別なことだった。
転職したイベント会社は想像以上に忙しくて、イベントの当日なんかお昼ごはんを食べる時間もなく順番に短時間で昼食を取る。お店に入る時間もないのでコンビニで買って食べる。でも私はコンビニでお弁当を買ったことがない。
あるイベントの日。タイムテーブルのわずかな空白を利用して昼食を取ることに。お弁当を買いにコンビニへ入る。ワクワク。麻婆丼やグラタン、うわぁ~スパゲッティーまであるんだ~。目移りばかりして全く決まらない。 あれもこれも食べたくて、結局麻婆丼とスパゲッティーを買った。主食2個。 一緒に買いにきた同僚の佐々木くんが目を丸くする。
佐々木くん:リーちゃん、そんなに食べるの?
私:うん。こんな機会めったにないから今日食べとかないと!
この日、私は初めてコンビニお弁当のおいしさを知った。
翌日もわざわざ母の手作り弁当を断ってコンビニでお昼ごはんを買う。「今日は何にしようかな~ 」山ほど並べられたカップラーメン。 カップラーメンなんて家にもないし、自分で買うタイミングもない。考えたら中学の野営以来だ。たくさんあって迷うなぁ。 悩んだ末においしそうな味噌ラーメンを買う。それと、やっぱり麻婆丼。セブンイレブンの麻婆丼が、ささやかなマイブームになりつつある。
会社に戻ってカップラーメンを作ろうとするが何しろ約 10 年ぶり。お湯を注いで数分待つのは分かっているが、粉末スープとか薬味とか液体スープとかを、どのタイミングで入れるんだろう? 容器に書かれた説明が、これまた読みづらい。 側面の文字を全て読んでみる。どうやら液体スープはお湯を入れている間、フタの上に置いて蒸気で温めておくらしい。すごい!裏ワザ!!
いざ食べてみると… うんまっ!!! ナニコレ、お店の味じゃん!! 感動しながら食べる私を見て佐々木くんが目を丸くする。
佐々木くん:リーちゃん、食べたことないの?普段なに食べてんの?
会社に来客があると、お茶を出すのは私の役目。
上司:リー、今日のお客様はコーヒーにして
私:はい
コーヒーメーカー、コーヒーメーカー…あれ?コーヒーメーカーが見当たらない
私:コーヒーメーカーってありますか?
上司:え?ないよ。インスタントでいいよ。
私:(イ、インスタント?! ど、どうしよう…)
実家で淹れるコーヒーはコーヒーメーカーかドリップコーヒーで、私は常にドリップコーヒーを飲んでいる。インスタントコーヒーというものは飲んだこともなければ、もちろん作ったこともない。 でも作り方はちゃんと知っている。きっとココアと同じだよね。ココアは粉をたくさん入れたほうががおいしいから、コーヒーの粉はスプーンに山盛り5杯ぐらいかな。うーん、こんな感じ?ちょっと味見…あれ?おかしいなぁ。もう少し粉を足してみよう…まだちょっと違うな。あ~あ、もう味が分からない!!佐々木くんをこっそり呼ぶ。
私:ねえねえ、私が作ったインスタントコーヒー、味見してみて
佐々木くん:味見って、なんか違うの入れたの?
私:いいから!飲んでみて
佐々木くん:濃っっっ!!!ナニコレ?何入れたの?苦すぎて、もう漢方薬みたいなんだけど。
私:これって濃いの?私、インスタントコーヒー作ったことなくて、さっきから味見してるんだけど、いくら粉を入れても家で飲むコーヒーの味にならなくって…目安よりたくさん粉 を入れてみた!
佐々木くん、あきれを通り越してもはや絶句。でも佐々木くんに頼んで本当に良かった。
佐々木くん:…俺が作るよ。
そういって、私が入れた 10 分の 1 の量でコーヒーを完成させてくれた。
結局、私は今でもインスタントコーヒーの味を知らない。
そして、年に一度の国内の社員旅行。社長がアウトドアが大好きなので、キャンプとか川下りとか外でのアクティビティが多め。釣りをして、釣った魚を塩焼きで食べる企画があった。釣れなかった時のためにちゃんとニジマスを用意している。結局食べられるサイズの魚は釣れず、みんなでニジマスを塩焼きして食べる。 あちらこちらで感動の声が上がる。炭で焼く魚は確かにおいしい。網で焼かずに鉄串に刺して焼いたらもっとおいしいのに。だけど…
私:はーっ(ため息)ニジマスかぁ~
佐々木くん:食べないの?俺こーいう食べ方初めて。すっごいうまいよ。
私:ニジマスはべちゃべちゃしていて骨が取りづらいから、あんまり好きじゃないんだ。食 べる?
佐々木くん:えっ!いいの?!こんな塩焼き食べれる機会ないよ?
私:私んち、3日に1回はこれだよ。
うんざりしたように言う。
実家では釣りバカの父が毎日のように釣りに出かけ、イワナやヤマメを釣ってくる。さす がに炭火ではなく魚焼き器で焼くけど塩焼きはもう食べ飽きた。最近では同じくうんざりした母が、釣れたイワナやヤマメをご近所に配り歩いている。とても喜ばれるらしい。
佐々木くん:イワナとヤマメ?!そんな魚食べたことないな。
私:今度持ってきてあげる。でも、1回食べたらニジマスが食べられなくなるよ。身がふ っくらしていて骨も取りやすいの。すごく食べやすいよ。
佐々木くん:リーちゃんは、ホントお嬢様育ちだよなぁ~。
どうやら佐々木くんは勘違いしているらしい。全然違うっての。私、都営住宅で育ったチョー庶民ですけど。でも「お嬢様育ち」と言われる理由が少しわかる気がした。多分、私、いや私の家族は、ものすごく地道なのだと思う。楽しむため、満足するための労力を惜しまない。怠ることなくちゃんと時間と手間を費やしているんだね。
「コンビニ弁当を食べない環境」なんて誰でも作れると思う。難しいのはそれを 「継続すること」だよね。 現在ではなかなか珍しいその「手間」を「当たり前」のものとして育った私は「お嬢様」ではないけれど「ぜいたく者」だと思う。
「オモロイ話」毎回楽しく読んでます。ユーモラスたっぷりなお話に心癒されてます。作家さんの奮闘記これからも期待してますよ〜。
あと、イラストがとっても素敵。風を感じさせる雰囲気がとっても好き。