【投稿】赤ちゃんのお仕事

先日電車で、乳児が泣き止まず困惑している母親を見かけた。周囲から迷惑そうな視線を送られ、母親が「すみません、すみません」としきりに謝っている。

赤ちゃんがけたざましく泣く理由は、おなかがすいた、暑い、眠い、疲れた、痛い、おむつが濡れて気持ち悪い、うんちがしたい、かまってほしい、なんとなく嫌な感じがする…など、はっきりとした理由は分からないが、若い母親は赤ちゃんをあやしながら、しきりに周囲の目を気にしていた。

でも、乳児が泣くのは当然のことであり、特に不思議に感じないかもしれないが、生物界では珍しいことだという。犬や馬などの哺乳類を思い出してみるとわかると思うが、犬や馬の子は寡黙だ。 例外は鳥類のひなと人の乳児ぐらいだと言う。

チンパンジーやオランウータンなどの高等霊長類の赤ちゃんも、ひたすら黙っている。 それは自然界で声をあげることは、外敵に自分の居場所を教えるようなもので、自殺行為なのだ。未熟な子は、肉食獣に襲われればひとたまりもないから、声をあげて泣かない。

しかし人や鳥が泣くのは、比較的安全な環境が確保されていればこそ、安心して大声を出すことができるのだ。 なぜ泣くかといえば、親に要求しているからだ。 鳥なら「餌が欲しい」というアピール。 より正確に言えば「餌をくれないと声を上げて敵に居場所を教えちゃうぞ」という、いわば脅しのようなもの。

鳴き声が脅迫として機能するためには、その音が不快である必要がある。リラックスできる心地よい鳴き声だったら、親を焦らせる警報として役に立たないのだ。 これは人でも同じことで、赤ちゃんの泣き声は周囲に不快感と嫌悪感を与える。

そういう私もむかしは子供を2人育てた。子育てに慣れてくると、赤ちゃんが何を要求しているのか、多少はわかるようにはなる。 ある外国の研究者も、育児経験のある親や保育士は、たとえ自分の子でなくても、泣き声を聞いただけで赤ちゃんの要求していることが、おぼろげながらわかると言う。

さて、電車の中の母親と赤ちゃんだが、年配の女性が優しく微笑みながら声をかけた。「 謝る必要なんかないのよ。一番泣きたいのは お母さんのほうでしょ。」

 母親の心の泣き声が聞こえたのでしょうか。その一言で周囲の緊張はほぐれ、赤ちゃんも一安心、思う存分に泣くことができた。