1本の樹にもー新米教師奮闘記㊲

(何であんなことを言ったんだろう。俺って必要ないのかな?)東京に戻る新幹線の中でヒョングは教務主任の言葉を思い出していた。確かに“2~3年で帰る”という気持ちがブレーキとなってあまり積極的ではなかったような気がする。それでも自分なりに頑張っていると思っていたので、寂しさがこみ上げてきた。

悶々とした気持ちのまま東京に戻ったヒョングは、翌日に父親の面会に行った。手術を無事済ませたとはいえ点滴のチューブが痛々しい。(やつれたな…)精気に満ちて威風堂々としていたアボジがひと回りもふた回りも小さく感じた。髪にはめっぽう白いものが増え、口元に生えた白髪交じりのヒゲが老いを感じさせる。「アボジ、調子はどう?まだ痛むの?」「大丈夫だ。心配かけたな。仕事はどうだ?」病に伏していていながらもアボジは優しい目つきで息子を気遣ってくれる。

ヒョングは思い切って父親に自分の胸の内を話した。「帰って来ようかと思うんだけど…」しばらく考えてからアボジが口を開いた。「お前が決めることだが、アボジはまだ早いと思うよ。世話になった人たちに恩返しをする前に戻るのは男としてどうかな?」「…」病気で弱ったとはいえ、アボジはやっぱり強い人だとヒョングは思った。

その晩、ヒョングはチョリと居酒屋で向き合っていた。しばらく他愛のない会話をしていたが、チョリがヒョングの心を見透かしたように言った。「お前、何か言いたいことがあるんじゃないのか?」 ヒョングは一瞬ドキッとしたが、勇気を出して親友に悩みを打ち明けた。「帰りたい気持ちと戻って来ていいのかって気持ちがぶつかって正直どうしていいか分からないんだ」「…正直、俺は帰ってきて欲しいけど、お前がやりたい様にすれば良いと思うよ」優しさに満ちたチョリらしい言葉だった。

ほろ酔い加減で家に帰りながらヒョングはミョンスンのことを考えていた。会って話がしたい。せめて声だけでも…。ヒョングは今の揺れる心境をミョンスンに聞いて欲しかった。駒沢でミョンスンの姿を見かけた日からヒョングの心は不安でいっぱいだった。半分思いが遠のいていたのも事実である。しかし、酔っているせいか今は無性にミョンスンに会いたい。ヒョングは意を決して電話ボックスからミョンスンの家の電話番号を回した。

胸が高鳴る。「トゥルルルー」呼び出し音が鳴る。4回、5回と呼び出し音が耳に響く…。電話はまたもや繋がらなかった。