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55年前の大事件…北朝鮮に拿捕された「プエブロ号」ー③

「第2の朝鮮戦争」の危機に発展

事件翌日の24日、板門店で「軍事停戦委員会」第261回会議が行なわれた。

そこで「在韓国連軍司令部」首席代表のジョン・スミス海軍少将は、プエブロ号の乗員・船体の返還と、事件への謝罪を要求。北朝鮮のパク・ジュングク人民軍少将は、米国が領海侵犯を認めて謝罪し、2度と北朝鮮に侵入しないことへの保証を求めた。

板門店の人民軍将校(2018年9月10日撮影)

こうした緊迫した状況の中で、米国のリンドン・ジョンソン大統領は攻撃の準備を着々と進めた。

ベトナム戦争でも控えていた予備役1万4787人の召集を決める。佐世保から北ベトナムへ向かう途中だった原子力空母「エンタープライズ」と原子力フリゲート艦「トラクストン」を直ちに北朝鮮へ向かわせた。他に5隻の空母や、駆逐艦18隻、巡洋艦3隻をこの事件に対する作戦に投入したのである。

これは1962年のキューバ危機以来、最大の態勢だった。事態は、“第2の朝鮮戦争”へと発展する可能性が極めて高かった。

2月2日から、米朝2国間交渉が板門店で始まった。しかしそれは一進一退を繰り返す。

周辺国も活発に動いていた。韓国の朴正熙大統領は2月5日、ジョンソン大統領に書簡を送って軍事攻撃を強く求めた。またソ連は北朝鮮に、米国へ乗員と船体を返還するよう、裏ではさまざまな圧力を加えたという。事態をエスカレートさせようとしたり、収拾しようとしたり、さまざまだった。

2014年1月、米国「国防総省」のプエブロ号事件に関する文書が機密解除で公開された。それによると、ジョンソン大統領の指示で検討された北朝鮮への報復措置の中には“核攻撃”もあった。

事件から4ヵ月後の5月、戦闘機・爆撃機と地上軍まで投入し、韓国空軍と共同で北朝鮮を攻撃し、海上封鎖も行なうという内容だった。しかもその計画には、B-52爆撃機からの70キロトンの原爆投下もあった。米軍が長崎へ落とした原爆(21キロトン)の3倍以上の破壊力である。まさしく、北朝鮮と全面戦争をしようとしたのだ。

板門店会議場内と警備兵(2001年10月11日撮影)

しかし、板門店での北朝鮮との交渉が進展しつつあった。そのためジョンソン大統領は、兵力を集めたままで圧力をかけ続けることにしたため、この作戦は実行されなかった。

北朝鮮に全面謝罪をした米国

米国は、ベトナム戦争が泥沼化している状況で、新たな戦争を始めるのかどうか決断を迫られた。北朝鮮を攻撃すれば、ソ連の参戦があり得るだろう。もはや米国には、北朝鮮への軍事攻撃を断念するという選択肢しかなかった。

プエブロ号事件についての会談の写真(2018年9月10日撮影)

米朝は板門店で11ヵ月間にわたり、軍事停戦委員会や非公式な形で会談を重ねた。そして12月23日の第26回軍事停戦委員会で、米国政府代表のギルバート・H ・ウッドワード少将は奇妙な声明を読み上げた。プエブロ号は領海侵犯をしておらず謝罪することは出来ないが、乗員を自由にするために謝罪文に署名するというのだ。

そして、北朝鮮が作成した文書に署名をした。

「米艦プエブロ号が朝鮮民主主義人民共和国の領海を侵犯した後の重大なスパイ行動について、全責任を負って厳粛に謝罪し、今後、米艦艇が領海を侵犯しないと固く保証する」

北朝鮮が事件直後から要求していた通りの内容だった。米国の完全な敗北である。

プエブロ号艦内の乗員解放時の写真と水兵(2014年4月30日撮影)

署名後すぐの11時30分、プエブロ号の乗組員82人と遺体1体が、板門店共同警備区域内の「帰らざる橋」を渡って韓国へ入った。

米国海軍史上で最大の“屈辱”となったプエブロ号事件。これは米国にとって、朝鮮戦争で勝てなかったことと共に大きなトラウマとなった。

続く

講談社WEBメディア『現代ビジネス』(2023年1月27日)から

1 COMMENT

第二次が無くてよかった~

まさに一発触発だったんですね~👀
でも、自分らが悪い事をしているのに、難癖付けて戦争に持ちこもうとするにも、無理があるよね💦 しかし、朴正熙大統領は好戦的だったんですね~🤦‍♂️ ちっ、親子ともども、腐ってるね~

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