ドキュメンタリー作品を数多く手がけてきた森達也監督が、初めて手がけた劇映画「福田村事件」が9月1日に全国公開されます。題材となったのは、100年前の関東大震災の混乱のさなかに、千葉県の福田村(現・野田市)で起きた事件を題材にしています。
当時の内閣府中央防災会議の専門調査会の報告書によると、関東地方各地では「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「火をつけた」などの流言(デマ)が広がり、多くの朝鮮人や中国人が民衆や軍、警察によって殺傷されました。
千葉県の福田村では、香川県から来ていた薬売りの行商の一行が、地元の自警団に朝鮮人と疑われたことをきっかけに襲われ、幼い子どもや妊婦を含む9人が命を落としました。
映画では、実際に起きたこの事件を基に、混乱のなかで善良な村人たちが過激化していく様子が描かれています。なぜ彼らは根拠のない情報を信じ、人を殺してしまったのでしょうか-。
映画では地震発生以降、善良な村人たちが、パニックのなか「群集」となって、子どもや妊婦までをも殺してしまう様子が描かれているそうです。
福田村だけではなく、それ以外の地域での虐殺も含めて、書籍などで震災を経験した人びとの言葉を読むと「朝鮮人が襲ってくるから自分たちは殺したんだ」とか「国にいわれたから」「国に褒められるから」とか、自分たちが正義で正しいと思ってやったんだということが書かれています。一種の異常なまでの群衆心理と言えるのではないでしょうか。
人間が憎くて人を殺しているという感情ではなく、上から言われたとか、みんながやっていたからとか、自分たちが正しいという感覚、そして自分の責任ではない感覚。相手が子どもであっても、女性であっても、妊婦さんであったとしても関係がなくなってしまう。人間のなかにある野生的な部分、動物的な部分が異常な状況では出てしまうのでしょうか。
今年は関東大震災から100年目にあたります。 右寄りや左寄り、また中間の人などが集まって、日本国内では各種の催し物が行われます。 またこれを機に、そもそも「虐殺の事実はなかった」とか「虐殺の数が多すぎる」なんて言う人も現れるだろうし、当時の残虐行為を大げさに誇張する人たちも現れる。
私は在日コリアンとしてこの事件を教訓にして、祖国の解放後から現在に至るまで、同族同士がいがみ合い殺し合った、悲惨な祖国の歴史を振り返ってみたいと思います。
朝鮮の解放後、民族の願いとは裏腹に、大国の意思で朝鮮が南北に分かれ、1950年の朝鮮戦争では、同族同士が殺し合ったという悲惨な歴史があります。70年もの間、南北双方が非難の応酬をし、朝鮮半島の核戦争の危機は広がる一方です。 互いに非難の応酬と恫喝の繰り返しです。
世界で繰り広げられている、ロシアとウクライナの紛争や、パレスチナの紛争、南アフリカ地域での同族間の殺し合いなどを見ると、100年前の関東大震災での福田村事件以上のことが、今でも全世界中で繰り広げられています。
どちらに正義があるにせよ、人間同士が殺しあうことに正義はないと思います。アメリカのバイデンや、ロシアのプーチン、そして北の金正恩さんにも是非、この映画を鑑賞してほしいと感じています。
詳細はこちらから
https://www.fukudamura1923.jp/
人間は極限の状況に陥ると悪魔と化してしまうのか。
人殺しも厭わない野獣と化してしまうのか…。
映画はそういう問いを投げかけているように感じています。
史実を知らない人もたくさんいるのではないでしょうか。
この映画が全国で放映されるのは救いです。是非みてもらいたい。
なべて世は事なかれ主義なのに、こういう映画にあえて出演したみなさんに敬服します。ひとクセありそうな役者たちのなかにあって意外だったのは田中麗奈さんです。ファン・クラブはあるのかな。