朴泰俊は1963年、陸軍少将で退役していたのであるが、次に新しく任命されたのは国営企業の大韓重石社長のポストであった。これは日帝時代、良質のタングステンを生産していた小林工業(株)であるが、解放後、国営となることによって汚職の沼地となり、赤字続きであった。これを大胆に手術して経営を軌道に乗せることができた。
その頃、朴正熙と朴泰俊の間で製鉄所の問題が話題に登った。朴正熙は「製鉄所さえあれば後進性を早く脱皮できるのだが、日本はあれ程ひどい戦争をしても、戦後あれほど早く再建できた。戦後の日本で製鉄所を効果的に建設した人を誰か知っているか」。朴泰俊「戦後の製鉄所として川崎製鉄所があります。西山弥太郎社長が大変な執念で製鉄所を作り上げたと聞いています」
「西山社長を招請できないだろうか」
「西山社長に諮問を要請することは難しくないと思います。しかし、その前にわれわれの製鉄所建設計画がうまく行かない原因が何かを究明すべきではないでしょうか」
1965年、西山弥太郎川崎製鉄社長は要請に応じ、青瓦台で朴正熙大統領と会談し、次いで朴泰俊の案内で製鉄所の候補地をいくつか視察した。
彼は言う。「韓国が後進国から脱皮しようとするなら、必ず製鉄所を建設しなければなりません。国民の現在の所得水準では難しいと思われるが、何としても製鉄産業を立ち上げねばなりません。ただし国内の鉄鉱石が不足しているので、外国の輸送船が出入りできる港が必要です。また韓国政府は30万tから始めるという案だが、これからは50万tから100万tの規模が世界の趨勢です。」
報告を受けた朴大統領は、朴泰俊に次の課題として総合製鉄所建設の役割を与えた。韓国政府は総合製鉄所建設について日本政府および鋼鉄業界にも協力を求めた。1965年9月には、韓国政府の要請に応じて、日本鉄鋼連盟、海外技術協力事業団、鉄鋼大手6社の代表で構成された日本鉄鋼調査団が訪韓し、3週間にわたって現地調査を行った。
巨大プラントの輸出は大きな利益を生むため、彼らも積極的で熱心であった。
韓国政府は、実は総合製鉄所設立に当たって旧宗主国である日本の支援よりも欧米諸国の支援を期待したのであるが、世界銀行や輸出入銀行は、発展途上国の計画は経済性が不安であると財政支援を断った経緯がある。
こうして韓国政府は1968年4月の初代社長に朴泰俊を任命すると共に浦項総合製鉄を日本の協力によって建設することを決定し、経済的問題の解決のために次のような方針を立てたのであった。
①総合製鉄所の規模を100万tとする。
②所有外資は韓日国交正常化のとき、両国間で合意された無償・有償請求権資金の相当部分をこの建設事業に充てること。
③工場建設に必要な港湾、埠頭、土木、浚渫、道路、鉄道などの建設は国家が負担すること。
④鋼鉄工業育成法を制定し、租税および関税の減免、特別償却、公共料金の割引および財政資金の支援によって、操業後の採算性を確保する。
このような方針の転換の背後には、朴泰俊の働きがあった。対日請求権資金の相当部分を製鉄部分に転用するという朴泰俊の構想に基づくものである。当初、対日請求権資金は主として農林水産部門に使用されることになっていた。当時の韓国国会議員の80%が農村出身であるため、転用は不可能に近い問題であった。朴泰俊は農業振興のためにも総合製鉄所建設が必要であると、朴大統領を説得したのだ。
しかし、用途変更のためには日本側との面倒な手続きが必要であった。韓国の総合製鉄所建設に対しては日本側にも否定的な意見が多かった。だが安岡正篤の強力な根回しもあって、特に鉄鋼連盟の協力を取り付けることができた。
1969年8月、日本鉄鋼業界8社で構成される浦項総合製鉄建設協議会が発足し、八幡製鉄、富士製鉄、日本鋼管3社の社長名で「浦項総合製鉄計画の検討に関する件」についての書簡を浦項製鉄に送った
日本政府は韓国の総会製鉄に協力することを閣議決定し、8月26日から開かれた韓日閣僚会議において浦項総合建設について原則的な合意がなされ、同年12月に韓日政府間で基本協定が締結されたのである。
韓国政府の念願の総合製鉄所の設立は、朴泰俊、安岡正篤、稲山嘉寛八幡製鉄社長のような民間人たちの協力の賜物であった。この事業に使われた対日請求権資金は無償資産3億ドルのうち3080万ドル、有償資金2億ドルのうち8868万ドルであった。半世紀が過ぎた今、朴大統領と朴泰俊の決意と方針が大きく評価されるのである。
長い。でも面白い。続きは夜に‥。
内容はよくわからないけど、表情が~まさに鉄ですね~👀
少し、室伏に似てる~ ハンマー投げの室伏👀😁
記事にもあるように、「総合的な考察」を望みます。
韓国発展の為に果たした役割は確かに大きい。
しかし、韓国が民主化に大きく遅れを取った責任もあるのではないかと感じる。
片手落ち。
この間に韓国の若者の命を奪い、一般国民の気持ちをないがしろにした罪は重い気がします。