ホーム音楽国内音楽 「ケンとメリー愛と風のように」Buzz 2021年8月18日2021年9月10日 SHARE ポスト シェア はてブ LINE 1972年に発売された有名なCMソング、Buzzの「ケンとメリー愛と風のように」をリクエストします。 日産のスカイラインでしたね。CMで北海道の美瑛にあるポプラの木が印象的に使われていたのを今でも覚えています。 4 COMMENTS 丸いテールランプ🚨 2021年8月18日 結婚して初めて購入した車が 真っ白のスカイラインでした。 「パトカーと一緒の車だよ」と聞いて 「凄いね〜」と喜んでいた?自分(笑) 若かったなぁ〜(*´ω`*)笑笑 無免許~ 2021年8月18日 1972年ですか~ まだ免許を持ってないんで~ 興味が薄いCMですかね~🤔 しかし~ ケンメリスカイラインは爆発的に人気でしたね~😍 今でも大事に乗っている人もいるんでしょうね~🙌 青春を引きずりながら~💦 メリーさん 2021年8月18日 あっ~ そう言えば、昨日 メリーさん亡くなられた😢 卒業生として~ お悔み申し上げます~😒 どこの卒業生??? だっけ?? 羊の皮を被った狼⁉️ 2021年8月18日 再登場❗️以前にもリクエストありましたね。4代目スカイラインですね。開発責任者は、櫻井慎一郎。 でも、当時たいそうなキャッチフレーズとは、裏腹に市販車の排気量2,000ccの直6エンジンは、ノーマルはたいした性能じゃなかった。カムシャフト1本のOHCだったし、排ガス規制も重なって馬力が無かった。しかしこのエンジンの潜在的なポテンシャルは高く魅力的な存在でした。肉厚のシリンダーをボーリングして(削って)でかいピストン(2.4リットル)が入った。キャブレターとエキゾーストを交換すれば、相当馬力UP出来てそれなりに速かったから、車いじりが好きな人は皆、このエンジンの改造をやっていました。 同型エンジン搭載車は、ローレス、グロリア、セドリック等あった。(^^) ★【参考】櫻井慎一郎〜旧プリンス自動車工業時代より日産自動車時代に渡るまでスカイラインの開発に携わる。2代目の途中からは開発責任者として7代目の開発終盤まで長期間携わっていたことから、「GT-Rの生みの親」として知られている。 現在コメントは受け付けておりません。
丸いテールランプ🚨 2021年8月18日 結婚して初めて購入した車が 真っ白のスカイラインでした。 「パトカーと一緒の車だよ」と聞いて 「凄いね〜」と喜んでいた?自分(笑) 若かったなぁ〜(*´ω`*)笑笑
無免許~ 2021年8月18日 1972年ですか~ まだ免許を持ってないんで~ 興味が薄いCMですかね~🤔 しかし~ ケンメリスカイラインは爆発的に人気でしたね~😍 今でも大事に乗っている人もいるんでしょうね~🙌 青春を引きずりながら~💦
羊の皮を被った狼⁉️ 2021年8月18日 再登場❗️以前にもリクエストありましたね。4代目スカイラインですね。開発責任者は、櫻井慎一郎。 でも、当時たいそうなキャッチフレーズとは、裏腹に市販車の排気量2,000ccの直6エンジンは、ノーマルはたいした性能じゃなかった。カムシャフト1本のOHCだったし、排ガス規制も重なって馬力が無かった。しかしこのエンジンの潜在的なポテンシャルは高く魅力的な存在でした。肉厚のシリンダーをボーリングして(削って)でかいピストン(2.4リットル)が入った。キャブレターとエキゾーストを交換すれば、相当馬力UP出来てそれなりに速かったから、車いじりが好きな人は皆、このエンジンの改造をやっていました。 同型エンジン搭載車は、ローレス、グロリア、セドリック等あった。(^^) ★【参考】櫻井慎一郎〜旧プリンス自動車工業時代より日産自動車時代に渡るまでスカイラインの開発に携わる。2代目の途中からは開発責任者として7代目の開発終盤まで長期間携わっていたことから、「GT-Rの生みの親」として知られている。
結婚して初めて購入した車が
真っ白のスカイラインでした。
「パトカーと一緒の車だよ」と聞いて
「凄いね〜」と喜んでいた?自分(笑)
若かったなぁ〜(*´ω`*)笑笑
1972年ですか~
まだ免許を持ってないんで~ 興味が薄いCMですかね~🤔
しかし~ ケンメリスカイラインは爆発的に人気でしたね~😍
今でも大事に乗っている人もいるんでしょうね~🙌
青春を引きずりながら~💦
あっ~
そう言えば、昨日 メリーさん亡くなられた😢
卒業生として~ お悔み申し上げます~😒
どこの卒業生??? だっけ??
再登場❗️以前にもリクエストありましたね。4代目スカイラインですね。開発責任者は、櫻井慎一郎。
でも、当時たいそうなキャッチフレーズとは、裏腹に市販車の排気量2,000ccの直6エンジンは、ノーマルはたいした性能じゃなかった。カムシャフト1本のOHCだったし、排ガス規制も重なって馬力が無かった。しかしこのエンジンの潜在的なポテンシャルは高く魅力的な存在でした。肉厚のシリンダーをボーリングして(削って)でかいピストン(2.4リットル)が入った。キャブレターとエキゾーストを交換すれば、相当馬力UP出来てそれなりに速かったから、車いじりが好きな人は皆、このエンジンの改造をやっていました。
同型エンジン搭載車は、ローレス、グロリア、セドリック等あった。(^^)
★【参考】櫻井慎一郎〜旧プリンス自動車工業時代より日産自動車時代に渡るまでスカイラインの開発に携わる。2代目の途中からは開発責任者として7代目の開発終盤まで長期間携わっていたことから、「GT-Rの生みの親」として知られている。