梅雨明けから本格的な夏へ

【歴史】受難の光化門

先日、同級生が3年ぶりの韓国旅行に行ってきたという記事を見ました。 国立民族博物館を巡ったりという記事を見て私は「あー、この場所だ」と思いました。

景福宮の正門 光化門 2020年

皆さんは国立民族博物館がある場所に、かつて光化門があったという事実を忘れていませんか。

韓国で一番道路幅が広い、世宗大路を北側に進むと見えてくる光化門は、朝鮮王朝の正宮である景福宮の正門です。 1395年に建立され、1425年に集賢殿の学者たちが「光が四方を包み感性が四方に及ぶ」という意味から、光化門と名付けたと言われます。

任辰倭乱(1592年)に消失しましたが、それから300余年後の1865年に、景福宮とともに再建されました。

植民地初期1913年の光化門

植民地時代の1926年、朝鮮総督府は庁舎の建設にあたり、翌年に光化門を三清洞入口の建春門北(現在の国立民族博物館の正門)に移築しました。 それと同時に光化門の入口である六曹道の両側にあった長廊も壊してしまいました。

それだけでなく総督府庁舎を、景福宮の風水説に沿って配置された王宮内の建物の配置をみだりに変え、朝鮮王朝の脈を絶とうとしたのです。

1945年の景福宮の写真には光化門はない

実はそれ以前の1915年から日本は景福宮を蹂躙しています。植民地統治の5周年に、朝鮮各地の特産物を展示する朝鮮物産共進会を景福宮で開催、王宮の勤政殿、交泰殿、慶会楼などの主要建造物を展示場とし、また500余坪の洋式建物を建てました。 

国立中央博物館として使われてた朝鮮総督府庁舎 1994年

さらには1929年「朝鮮博覧会」という名で景福宮をもう一度蹂躙します。国を奪われ受難を受けたのは、人間だけではないのです。 

復元された光化門復元式 2010年

こういう建物にまつわる受難の歴史があることも、みなさんも是非、知っておいてほしいと思いました。

2 COMMENTS

ようこそ~観光ツアーへ~

へぇ~ そんな受難な城門なんですね~👀
現地のガイドさんに話を聞いているみたいで、勉強になりますね~😊
どこか他もガイドさんやってくださいよ~💕 旗持って~
付いていきます~😁

歴史授業

全く。少し騒いでる血を理性でおさめました😊
歴史的な建物にはそれぞれの歴史があるんですね。勉強不足でお恥ずかしい。

旗もってね~🤭
ちょっと恥ずかしいけど勉強の為にガイドさん頼もうかな🤭
旗に「28期ご一行様」とか書いてうちらで旅をする、とゆう日が来るかな~🤣

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