【投稿】手塚治虫が寄せた寄稿「私は広く呼びかけたい」

手塚治虫は朝鮮時報にも寄稿を寄せています。1966年は「外国人学校法案」をめぐり在日朝鮮人子弟の教育の機運が高まってた時期です。そんな中での手塚さんの朝鮮時報に寄せた寄稿文は大変私たちの力になりました。

その寄稿文にはこう記されています。


「私は広く呼びかけたい」在日朝鮮人の民族教育を日本人の手で守ろう

朝鮮の人達は好きこのんで日本へやって来たのではありません。日本の軍国主義の犠牲となって、民族の歴史を奪われ、ふみにじられ、強制労働につかわれたかたがたです。最低の生活に追いつめられ、偏見と蔑視の中で何十年も生きぬいてこられたのです。私は、日本人として本当に恥ずかしく、申しわけなく思います。

しかしその弾圧の歴史の中にあって、常に民族の誇りを持って抵抗し、ついに解放と再建の日を勝ち取られた朝鮮民族は偉大です。それは、朝鮮という祖国の歴史を教え、家庭の歴史を子弟に教えた朝鮮人の功績でしょう。
朝鮮人が、なぜ自国の歴史や文化を、朝鮮人の教師によって朝鮮語で学んではいけないのでしょうか。逆に、われわれは、朝鮮人に対して行なった、かつての日本軍国主義の強圧政策を、どのくらい知っているでしょうか。更にまた、われわれはこれをふたたび繰返さぬようどれほど反省しているのでしょうか。

今回の「学校教育法改正」はそれらに全く耳をふさいだ、軍国時代のよう腫(しゅ)が、またもや表面に吹出し始めたと思うほかありません。それらの法案を作成し通過させようという連中は、その暗黒時代にそれによって利益を得たり、あるいは植民地的蔑視に頭がこりかたまった、ごく一部の亡者たちでしょう。

人種差別を強め母国の歴史も学べぬような骨抜きの教育を強制し、朝鮮人でも日本人でもない自覚のない人間をつくることを意図している今度の法案は、まさしく改悪どころか、問題にならぬ愚案です。この法案が可決されれば、朝鮮人子弟が卑屈感と無国籍的人間性を助長されることは間違いありません。

日本の歴史から考えるに、「外国人」ということばから、すぐヨーロッパ人とアメリカ人を連想します。朝鮮人はその中に含まれてないといっても過言ありません。
口では民主主義政治を唱えながら、政府がまたもや朝鮮人に政治的弾圧を加えようとしていることは、許せないことです。かれらは弾圧の理由づけの一つとして、朝鮮人の民族教育を「反日教育」だといっていますこれも失笑の至りです。こんなことをいっている当局者には、日本人自身に民主主義教育を行なうことすらおぼつかないのではないでしょうか。

ある日本の公立中学校に在学していた朝鮮人学生が、朝鮮人学校へ転校したとき、同級の日本人中学生は「母国語」を勉強し、いつかは母国のために役立つことが本人にとっても幸福なのだ」と感想をのべて、かわらぬ友情を誓いあったといいます。私はこのことに率直な共感を覚えます。

教育とは、本人のためにもなり、また社会や祖国のためにもなるべきものです。強制され、歪(ゆが)められたわくの中で教えられるべきではありません。日本人も朝鮮人も、それぞれ民族的で民主的な教育を受けるのは当然の権利です。

いま少くない日本国民はつんぽ桟敷(さじき)におかれ、平和ムードと政治家の詭弁(きべん)とに麻痺(まひ)してこのよう重大な問題が次々国会を通過してしまうのをみすごしています。

日本国民は朝鮮人の民族教育が政府に弾圧されぬようこれを阻止し日本人の手によって守っていかなければなりません。私はそのことを広くよびかけたいと思います。(終)

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2 COMMENTS

アッチョンブリゲ

50年前ですね。今日そのまま新聞に載せても通用しそうです。

アトムでは未来を語り、ブラックジャックで人間の幸せと悲哀をみせた手塚治虫さん、今まで漫画界のカリスマくらいに思っていました。知らなくてすみません。
ありがとうございます。

あっちょん~ 懐かしい💕

是非、多くの日本人の目に留まって欲しいな~👀
なんたって、日本の漫画界のカリスマですもんね~
SNSなんかでも、どんどん拡散したいね~👀 がんばろう~👏

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